今回は、内田和成先生の著作を読みましたので紹介したいと思います。
イノベーションを起こしたさまざまな企業の事例がわかりやすく解説されており非常におすすめできる書籍です。
イノベーションとは何か
イノベーションは「技術革新」ではない
イノベーションという言葉は、イノベーション研究の始祖であるシュンペーターの著書『経済発展の理論』(1926年)で登場しました。
それ以降、経営学において多く用いられてきましたが、日本においては1956年に経済白書で初めて用いられました。
その際にイノベーションを技術革新と訳してしまったために、日本においてはイノベーションは技術開発と関係があるもののような認識が広まってしまいましたが、そのような意味ではありません。
日本ではイノベーションが起きていないと言われがちであるが、その一端にこのようなイノベーションの輪郭を捉える解釈の齟齬があるのではないかと著者は指摘しています。
イノベーションは「行動変容」である
それでは、イノベーションとは何なのでしょうか。
最もわかりやすいイノベーションの事例として著者はAppleを紹介しました。
同社は、iTunesやiPodによって音楽の世界を大きく変えました。以前はCDを都度買わなければ音楽を聞けませんでしたが、Appleによって楽曲はインターネットで購入するものに変わったのです。
ただし、彼らは革新的な技術でそれを実現したわけではありません。確かにアップルは優れたユーザーインターフェイスやデザインに長けていますが、データによる音楽再生技術自体は他社も保有していましたし、劇的な技術革新はありませんでした。
アップルが注力したのは、徹底的な顧客視点に立ち、「どのようにすれば多くの顧客の生活を変えることができるのか」の追求でした。
アップルが技術の追求だけをしていたとするならば、決してイノベーションは起きなかったでしょう。
つまり、イノベーションというのは、「これまでにない価値の創造により、顧客の行動が変わること」と定義することができます。
イノベーションの3つの条件
イノベーションの定義を上述しましたが、社会にイノベーションをもたらすには3つのドライバーがあるとしています。
社会構造
社会構造とは、人口動態や産業構造、法規制や景気などsyかあいぜんたいの構造の変化や特定の業界などの構造変化もこれに含まれます。
最も有名な事例として、テスラが紹介されています。同社は電気自動車の世界において最も時価総額が高い企業となりましたが、最も成功に関係している要因として、地球温暖化問題があります。
地球温暖化にはCO2排出が影響していると考えられていますが、それを抑えるためにはガソリン車のような内燃機関車ではなく、電気自動車が必要であるという社会構造の変化を捉えた企業と言えるでしょう。
心理変化
これは文字通り、生活者や企業の心理的な変化であり、人の行動や常識、嗜好の変化を示します。
例えば、JINSのPCメガネが有名な例です。PCやスマートフォンが生活で欠かせなくなる一方で、多くの人が目の疲労を気にするようになりました。
JINSはこの心理変化をうまく捉えて、ブルーライトを軽減できるメガネという新しい市場を開拓使、メガネ市場では異例の大ヒットを記録しました。
技術革新
最後は技術革新です。日本では、イノベーション=技術革新と捉えられがちですが、技術革新はイノベーションの1ドライバーに過ぎません。
例えばコンピュータの小型化によってスマートフォンが誕生し、今や仕事やプライベートには欠かせない存在になりました。
また、ブロックチェーン技術によって暗号資産(仮想通貨)が取引されるようになり、AIやIoT技術の進化によってさまざまなサービスが登場しています。
今後も、技術革新が進むことで自動運転や空飛ぶ車などさまざまなイノベーションが起こるでしょう。
著者は、これら3つのドライバーを「イノベーションのトライアングル」としています。
実際のイノベーション事例〜現在の当たり前はどう生まれたか
ここでは、実際にイノベーションが起きた事例を紹介します。
ウォッシュレットを生み出したTOTO
今やトイレには当たり前のようについているウォッシュレットですが、これも立派なイノベーションです。
ウォッシュレットの元祖は、アメリカで医療用に開発された温水トイレ「ウォッシュエアシート」ですが、この輸入販売元であったTOTOが大幅な改良を施し、一般向けの温水トイレとして1979に開発をスタートしました。
ただし、快適なウォッシュレットの実現にはお湯や便座の温度を一定に保つための電子制御システムや半導体の進歩などが必要であり、それらの技術革新や、人々の清潔志向という心理変化も後押ししました。
このように技術革新や心理変化というドライバーを捉えた全く新しい価値を創造したのがウォッシュレットであり、これにより「お尻を拭く際に汚くて嫌な場所」であったトイレを「お尻を洗うのが気持ちがいいくつろぎの場所」という態度変容をもたらしました。
宅急便を生み出したヤマト運輸
今や通販などで当たり前に活用されている宅配便ですが、元々はヤマト運輸の「宅急便」によって開拓されたイノベーションです。
宅急便が誕生する前は、郵便局が提供していた郵便小包か国鉄が提供していた鉄道小荷物しか選択肢がありませんでしたが、それらのサービスは「遅い、不便、不親切」と使い勝手が良いものではありませんでした。
そこで、宅配サービスを生み出したのがヤマト運輸でした。当時はベビーブームの真っ只中でしたが、ベビーブーマーの多くは田舎の父母と離れて都会で暮らしており、そうなると田舎の食べ物を子供世帯に送るという行動が増えることになりました。
そのような社会構造の変化を捉えて生み出された宅急便は「簡単荷作り・翌日自宅配送」という明確な価値を打ち出しました。
これは全く新しい価値創造でした。
コンビニエンスストアを生み出したセブンイレブン
今や全国津々に存在するコンビニですが、これもイノベーションです。
このイノベーションが実現した一つに、「就寝時間の遅延」という社会構造の変化が挙げられます。大型のスーパーや個人商店は遅くても9時には閉店してしまいますが就寝時間の遅延が生じ始めている中で、徐々に不満が溜まっていきました。
その中で、構造変化に対応したセブンイレブンは、24時間営業を開始し、早朝から深夜まで多様なライフスタイルを送る人々に「時間の制約を受けずに、必要な時に必要なものを購入できる」という価値をもたらしました。
先行者が勝つとは限らない
イノベーションのような新しい出来事は、先行者優位と思われがちですが実は最初に始めた人が必ず勝つわけではありません。
後発者が勝った事例を紹介します。
同一市場で価値を磨き上げる〜メルカリとフリル
今や二千万人が使っているとされるフリマアプリ「メルカリ」ですが、実はこれは後発サービスであるということを知っている人は多くはないのでしょうか。
実は国内初のフリマアプリは、Fablicという会社が提供していたフリルというサービスでした。(フリルは後に楽天の傘下に入り、現在はラクマと統合)
なぜメルカリがフリルに勝てたのかという点は、端的に言えば①ネットワーク外部性に気づいたことと②市場を絞り込まなかったことです。
ネットワーク外部性については詳しくは省きますが、フリマアプリはユーザーが多ければ多いほど利便性が上がる仕組みです。なので、メルカリは大型の資金調達によりテレビCMをはじめとしたさまざまな宣伝を行い認知拡大に成功しました。一度ユーザーが多くついてしまえば、それをひっくり返すのは容易ではありません。
もう一つの市場選択については、フリルはターゲットユーザーを若い女性として、取り扱い商品をファッションアイテムやハンドメイド品に絞り込む戦略を撮っていましたが、メルカリはターゲットを絞り込まず、売買の自由度を高める戦略をとりました。
メルカリの創業者は「限りある資源を循環させ、より豊かな社会を作りたい」という想いを持って起業しましたがそのような考え方の違いもあるようです。
先行者がいたとしても、先行者の課題を解決して価値を磨き上げさえすれば、イノベーションを起こすことが可能であるということを示したのがメルカリです。
別市場に価値を転用する〜0次流通市場を作ったマクアケ
マクアケとは、クラウドファンディングサービスであり、2013年にサイバーエージェントの新規事業の一つとしてスタートしました。
国内のクラウドファンディング市場は2011年のREADYFORから始まり、新しい資金調達の手段として注目されていました。
マクアケも当初は思うようにプロジェクト数や支援者数が伸びていませんでしたが、本来のクラウドファンディングの目的である資金調達から、「市場の反応を見てから、新商品を発売したい」という企業側のニーズに応えるように戦略を転換しました。
マクアケでは、生産を行う前に購入数がわかるので在庫量を気にすることなく発売ができますし、目標金額に届かない場合は、製品を発売しなくてもいいため、市場の受容性の低い製品を作ってしまうこともありません。
クラウドファンディングという観点からスタートしたのですが、そこでの価値創出がうまくできなかったことから、そこから「市場の反応を見る」という価値観に事業を転換し成功した企業がマクアケなのです。
まとめ
イノベーションについて論じた本書ですが、具体的な事例が数多く解説されていて非常に勉強になりました。
今では当たり前の存在になっているウォッシュレットや宅配便なども、よくよく考えると昔は全くなかった存在ですし、あることで生活を一変させたイノベーションであることが実感できます。
株式投資の観点から考えると、イノベーションは新たな市場を生み出すきっかけでもあり、そのような企業に投資をすることで多くの利益を得ることができます。
本書に書かれているイノベーションが起こる条件というのをしっかり理解することで、次のイノベーションを起こす企業を発掘できればなと思っています。